東日本大震災から1年
今日で、未曾有の大災害、東日本大震災から1年が経過しました。 被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。 自分なりの振り返りと対策等をまとめてみました。
1年前のこと
会社の事務所(7階建てビルの1階)にてデスクワークをしている時、窓にかかっているブラインドの付け根がギシギシと鳴きだし始めると大きな揺れになり、かなりの時間揺れていたと記憶しています。震災以前から複数回と大きな揺れはあったが、14時46分の地震は、かなり衝撃的な揺れでした。 揺れが収まり、フロア長より社外避難命令が出ました。外に出るとオフィスビルが多い地区なので、どのビルからも続々と人が避難してきました。そして会社より広域避難場所への移動が告げられ、指定になっている公園へ向かいました。避難場所に到着すると、やはりオフィスビルが多い地区だったので、人でごった返しており、自社の社員を見つけるにも一苦労でした。 その後、少ししてから帰宅命令が出たが、帰宅するにも足となる電車が動いていない為、電車が動くまで事務所にて、UstreamやYouTubeで状況を確認しながら電車の再開を待ちました。結局のところ電車の当日中の再開の目処が立たないことがわかり、帰る方法を模索し、レンタカーの予約等を考えたが、みんな考えることは同じで、ことごとく予約はできず、帰宅難民になり、動かないほうが安全と思い事務所に1泊することに。そして近所のコンビニで、夕飯と朝食用にカップラーメンを買い込み、状況把握の為にUstreamやYouTubeを見て余震と緊急地震速報で目を覚ましたりして1夜をすごしました。 翌日、電車の再開を確認し、東京駅まで向かったがどの電車も乗車規制がかかりなかなか乗れないこともわかり、実家に電話をして迎えに来てもらえることになり、浜松町でピックアップしてもらえることになり、無事自宅につきました。
通信回線
やはり今回の震災で大変だったのは、交通手段の麻痺もあったが、なにより自宅との連絡が取れない事でした。 携帯電話は音声通話もiモードメールも全く繋がらず、固定電話から自宅電話に掛けたが相手側が停電の為、繋がらず、唯一繋がったのは、会社のネット回線だけだった。 そこで、Twitterやmixi、Gmailを使って連絡を取ることができた。 ちなみに、自宅側では停電はしていたが、都内ほど通信不能時間は短かかったらしく、携帯からのTwitterも早い時間に投稿できていて安否の確認ができた。
震災後に対策したこと
- 通勤スタイルの変更 震災前までは、トートバック型のカバンで通勤していたが、震災後はワンショルダーのザック→通常のザックと両手が空くようにするようになった。
- モバイルルーターを持ち歩く ちょうどMac Book Airを購入した際に、価格が安くなるとのことで契約したものだが、それからカバンの中に常備するように。通常Macを持ち歩かなくてもiPod touchを持ち歩いているので 少なくとも使えると思い持ち歩いている。
- 予備充電池・補助充電池の常備 今までも、携帯の電池の持ちが悪かったので予備充電池を持ち歩いていたが、電池が無くなった際に、交換をして使用していたが、震災後は、充電池をローテーションで使用するようになった。そしてdocomoから出している「FOMA 補助充電アダプタ 02」を購入し、携帯だけでなくiPod touchを充電できるようにこれもカバンに入れて持ちあるくようにした。
- G-SHOCK DW-8800 COCENAMEの復活 15年以上前に購入し、電池が切れた状態にしてあった時計。 この時計には、パーソナル情報の登録やELライトやアラームでモールス信号を打てる機能が付いていて、なおかつG-SHOCKなので災害時でも安定して使用できると思い復活させた。
この1年間、まだ余震は続いているが東日本大震災の復興を願いつつ、神奈川に住む中で、都市直下型地震やその地震による津波の可能性も考えて対策や行動も考えないといけないなと思っています。